店舗名の「太助庵」は、私、中村基記の曾祖父5代目中村太助の名をもらい命名いたしました。中村家は、初代が江戸時代(文化12年:1815年没)より代々「太助」の名を襲名してきた歴史があります。
5代目太助は、明治16年8月14日に4代目安吉(婿養子の為太助を襲名せず)の長男として現在の伊勢市河崎にて生を受けました。
当時の河崎は江戸時代より栄える一大問屋街で、おかげ参りでにぎわう伊勢の台所として栄華を極めました。その当時の中村家は、屋号が蒲鉾屋で魚の卸問屋を営んでおりましたが、4代目安吉の時代に商売上の問題により河崎の地を後にし、現在の内宮宇治橋前にその拠点を移しました。その後、5代目太助が家業を魚の卸問屋より現在の勢乃國屋の前身でもある中村太助商店というみやげ物屋に大転換いたしました。みやげ物屋という商売は今でこそありふれた商売ですが、当時としては今で言う“ベンチャービジネス”にあたります。物の売り買いが、売り手と買い手の交渉で成り立っていた時代、当時としては革新的な「正札みやげ階上陳列」という看板を掲げ商品を陳列し、価格を明示しすることで、中村太助商店は大変繁盛したそうです。
5代目太助は、時代の流れを的確にとらえ、そして新たな事業に果敢に挑戦し、現在の礎を作りました。それは決して自分のためではなく家族、そして我々子孫のためであり、その決断と的確な判断は、後世に残す大きな財産となっております。
その先人の志を受け継ぎ、新たなる時代の第一歩とするため、私はこの店を、5代目太助にちなみ「太助庵」と命名いたしました。
「茶房 太助庵」の店舗建物は、昭和9年に5代目太助によって商品保管用倉庫として建設されました。以来、長年にわたりその役割を担ってまいりましたが、10年ほど前より商品構成の見直しや在庫整理により倉庫としては使用されなくなっておりました。この界隈のまちづくりの観点からも数年前より何とか店舗化したいと思っておりました。昭和初期のレトロな趣きを残し、内部に残っていた古い物を極力活かすことで、「神代餅」をゆっくりと召し上がっていただける店にできるのではと考えておりました。改装にあたっては、“当時のまま”を意識して、現状の建物にできる限り手を加えず、痛んだところの改修を中心として茶房の機能を持たせるように設計いたしました。
店舗一階は、5代目太助をイメージして大正時代を感じさせる何処か懐かしい雰囲気を大切にしました。二階については、私の祖父で、ラグビーやスキーを得意とするなど当時の伊勢の人としてはモダンな感性をもっていた中村鉦次郎(ショウジロウ)をイメージして、昭和初期のモダンで少しハイカラな雰囲気としました。家具や道具類もリメイクして当時のものをできる限り使用し、古い看板なども装飾として使用しております。また、食器には中村家に古くから残る江戸時代(安政・文久)の物も使用しております。
先人が後世に残してきた“もの”をありがたく利用させていただき、“先祖のおもい”を常に忘れないようにすれば、きっと私も後世に、そしてお客様にも中村の“おもい”を伝えていくことができるのでは、そう考えております。
この内宮界隈は、平成5年に完成した「おかげ横丁」を起点とし「おはらい町通り」が大変なにぎわいとなっています。以前の内宮前のにぎわいというと、勢乃國屋本店のある御幸通り(国道23号線)の内宮前バス停前付近とおはらい町の入口付近でしか見ることはできませんでした。その当時から比べると現在のにぎわいは数十倍となり、おはらい町通りに沿って大きな流れを生み、全国的にも大変有名になりました。通り沿いには昔ながらの商店の他に新たに進出する店舗も多くなり、今では誰もが知る著名な通りとなっております。しかしながら、まち全体として考えると今のにぎわいは一つの線でしかありません。訪れる人々に真に満足していただき、この地域が更なる発展を遂げる為には、このにぎわいを面にしていく必要があります。そのためには、おはらい町と平行する御幸通りにもう一つのにぎわいを作るべきだと考えております。おかげ横丁・おはらい町通りは、その時代背景が江戸末期から明治初期をコンセプトとしています。それとは一線を画してこの御幸通りを5代目太助や鉦次郎が生きた大正から昭和初期の時代背景をコンセプトとし、店舗展開をすることができれば必ず新たな人の流れを創ることができると信じております。
この2本の通りに挟まれた地域にも人々が往来し、にぎわいが線から面になっていくこと。このことが、この町のさらなる奥行き深さを醸成し、地域の発展という側面だけではなく、伊勢を訪れるお客様にとっても、今以上の大きな魅力へとなっていくのではないでしょうか。
「茶房 太助庵」のオープンは、平成20年9月21日といたしました。店舗名の由来となる5代目太助の命日が昭和36年9月21日。この日が新たなる第一歩に最も相応しい日ではないかと考えました。中村家の先人達が残してくれた財産で新たな商売をはじめさせていただける。まさに「おかげ様」という感謝の気持ちで一杯です。この気持ちを大切にこの店を訪れる多くの皆様を温かくお迎えさせていただく、先人のおもいや志を次の世代へと伝えて行くことを決して忘れぬよう9月21日を開店日といたしました。